
アンデッドじゃないよ
「世界のほろみん」、第14回目はお隣韓国。
今回のほろみんは、朝鮮王朝時代の韓国における知識人、士人(ソンビ)の格好をしています。
「ゾ」ンビじゃないですよ、「ソ」ンビです。
立派な人
ソンビとは、「両班(ヤンバン)」と呼ばれる高麗時代および李氏朝鮮王朝時代の官僚を務めた男性貴族の地位の中でも教養と身分のある人物のことです。儒教の考え方を大切にし、学識・礼節・義理・高潔さを重んじ、権力や富を追わずに人格の完成を目指した両班層の理想像ともいえます。
多くのソンビは科挙と呼ばれる官僚登用試験に合格して役人になり、国のために働きましたが、王の行いが道理に反すると感じたときは、勇気を持って意見を述べたり、職を辞して信念を貫いたりしました。
引退後は静かな田舎で暮らしながら、模範的な生活を通じて人々を正しく導く役割も担いました。
ソンビは、知識だけでなく心の美しさを備えた、社会の模範となる人物だったのです。
両班=悪代官?
ソンビは立派な人をさす肩書きなのはすぐに分かったのですが、ソンビについての説明の中に
「両班(ヤンバン)」と呼ばれる~~男性貴族の地位の中でも教養と身分のある人物のこと
とか、
両班層の理想像
など、両班という存在と比較した表現が多いのが気になりました。
「両班」について調べてみたところ、どうやら、両班そのものがあまり良い印象がないことがその理由のようでした。
両班は納税・兵役・刑罰の免除や、朝鮮王朝の百姓に道を譲らせる特権、さらにはしばしば百姓を直接的に搾取するなど、李朝の王族に次ぐ大きな権力を有していた。しかし、これに見合う責任や義務はほとんど果たされなかった。このため、「朝鮮の官人は皆盗賊である」や「箸と本より重い物は持たない」などの言葉が流布した。
両班 – Wikipedia
イギリス人の旅行家イザベラ・バードは1897年に著した『朝鮮紀行』で、両班を「吸血鬼」に比喩した。また、フランス人の宣教師マリ・ニコル・アントン・ダヴリュイは両班を「世界一傲慢な貴族階級」と評した。
(中略)
李王朝時代の身分制度は、日本の強い内政干渉により廃止された。ところが、戦後の韓国では、資産と肩書を主軸にして事実上の身分制度が再編された。かつての両班(ヤンバン=貴族)に当たるのは財閥オーナー一族、財閥の番頭たちだ。今日の両班は、まさに「お前らとは身分が違うのだ」とばかり、違う会社の社員にも威張り散らす。そして、かつての両班が何をしても、とがめられなかったように、今日の韓国でも「有銭無罪」がまかり通る。
(中略)
【新・悪韓論】昔“両班”今“財閥” 前近代的な“身分制度”がいまだ機能する韓国 (1/2ページ) – 政治・社会 – ZAKZAK
「俺様が…」の“両班意識”は明らかだ。
現代の韓国では、財閥オーナーや高級官僚など、資産と肩書を持つ人々に「現代の両班」という比喩が使われることがあり、かつての両班のような特権意識や横暴さを表しているようです。
そして、このスタイル、どこかで見たことあるなぁと思ったら…
Wikipediaの「代官」の項目に、そっくりなニュアンスの文面がありました。
播磨国で8割8分の年貢(正徳の治の時代の天領の年貢の平均が2割7分6厘であったことと比較すると、明らかに法外な取り立てである)を取り立てていた代官がいた事が確認されている。
時代劇で悪代官が登場することが多い。こうしたことから、代官と言えば、圧政で百姓を虐げ、商人から賄賂を受け取り、土地の女を好きにするなどのいわゆる悪代官のステレオタイプなイメージが広く浸透した。今日、無理難題を強いる上司や目上を指してお代官様と揶揄するのも、こうしたドラマを通じた悪代官のイメージが強いことに由来する。ジョークで物事を懇願する際に相手をお代官様と呼ぶ場合があるのも、こうした時代劇の影響によるところである。
代官 – Wikipedia
両班=悪代官の図式はニュアンス的にかなり近いイメージなのかもしれませんね(笑)
ぜひ、韓国風良いお代官様のほろみんを賢い立派な人っぽくぬってあげてくださいね♪
A4サイズのPDFファイルですので、簡単にプリントアウトしてご自宅でお楽しみいただけます。